『幸せ という花が あるとすれば その花の つぼみのような ものだろうか。辛い という字がある。もう少しで 幸せ になれそうな 字である。』
これは、星野富弘さんの『辛と幸』という詩です。私は、この詩を、いつも辛い時に思い出します。
星野さんは、群馬県生まれの詩人・画家です。大学を卒業後、中学校の体育の教師になりました。しかし、2ヵ月後、体育部の指導中に、脊髄損傷の大ケガをして、肩から下の手も足も不自由になりました。その後、口に筆を加えて絵や詩を書くようになりました。
辛と幸という漢字はとても似ていますね。辛という字は、立つと十という字からできています。失敗を何回も繰り返し、十回も立ち上がるということは、とても辛いことです。
しかし、辛と幸という字は、線が僅かに一本違うだけです。あともう一回だけ立ち上がることができれば、きっと幸せになるかも知れませんね。
辛抱という言葉があります。辛抱とは、仏教用語で、この世に生を受けこの世を去る時まで、心を修める一生のさだめ(法)を、心法と言うのです。この心法が、辛抱の語源となりました。つまり、仏教で言うならば、人生とは、辛抱の連続なのです。
人間には、誰しも辛いことがあります。それが他人から見て、重いか軽いかは関係ないのです。無職であろうが、学生であろうが、社長であろうが、人には必ず辛さというのがあるのです。
しかし、その辛さから逃れることだけを考えてはいけません。耐え忍んで、辛抱しなければならないことが、人生には多いのです。辛抱しないで、いつも逃げて、避けていてばかりいては、いつまで経っても幸せはやって来ないのです。
人生は、辛抱の連続ですが、辛抱ばかりが人生でもありません。辛抱した分、必ず幸せもやって来ます。必ずです。そう信じましょう。
辛さがあるのは当然で、ないことを求めても仕方ありません。辛さが常であるのなら、幸せも、常に繰り返し訪れるのです。そう前向きに考えて生きてみましょう。辛いだけが人生ではないのです。あともう一回だけ立ち上がることしてみませんか。
私は、そのように私自身に言い聞かせています。
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