日本クラウド株式会社は、ITソリューション・ヒューマンリソース・BPOサービスをグローバルに展開しています

代表コラム

一事が万事と洞察力の違い

私はかつて、『情熱と洞察力を併せ持つ』の中でマックス・ウェーバーのリーダーシップ論について書いたことがある。その中で、ウェーバーの考えるリーダーの資質は、1.情熱 2.洞察力 3.責任感 だと書いた。

そして私は、『私は、情熱の次に重要で、かつ欠けてはならないものがこの洞察力ではないかと考えている。実は、私自身も他のどの資質よりもこの洞察力を高める努力をしていると言って過言ではない。』と述べ、私自身はこの洞察力が弱いということを認めている。

さて、改めて洞察力とはどのような能力のことであろうか。

洞察と似たような言葉に、観察がある。

観察とは、観て察することである。事物の現象を注意深く客観的に見ることを言う。観察能力とは、事実を見逃さない能力である。観る能力であるから、例えて言えば、監視カメラを見つめ、問題が発生することを見逃さないということであろう。

洞察は、観察とは違う。

洞察とは、物事を見抜き、見通すことである。見えないものを、奥に隠れているものを察する力である。監視カメラを眺め、何やら動きがあったとしても、それが不自然なことか、あるいは問題となりそうなことかを察することができなければ、洞察能力がないということになる。

観察して観えるものだけでなく、仕草、顔つき、手つきなど全体の流れから、その後に起こり得ることを事前に感じ取るのが洞察力だ。

簡単に言えば、観えるものを見逃さないのが観察力で、観えないもの本質を見抜くのが洞察力である。

このように考えると、洞察力が優れている人など、そうはいないことが判ろう。もちろん、私自身も自覚しているように、優れた洞察力があるなどとは一度も思ったことがない。

しかし、冒頭で書いたように、リーダーにとって洞察力とは非常に重要な要素であることを、私は痛感している。だからこそ、洞察力を高めなければと意識しているのである。

一事が万事という言葉がある。

私は、この言葉が好きでない。

一事が万事というのは、一つのことを見れば、他の全てのことが推察できるという意味だ。

人のある仕草を見ただけで、あるいはほんの僅かな姿を見つけただけで、その人の本質が判るということである。

そんなに人は単純ではない。

ほんの僅かな仕草を見ただけで、あたかもその人の全てを知ったかのような洞察力を、誰もが備えているとは思えない。だから、私は、一事が万事という言葉が好きでないのだ。

そんなに単純に人を見抜こうなどという試み、考え方を持つこと自体が、間違っている。

その上で、世の中には、一事が万事という見方が多いことも知る必要がある。それがどんなに間違っていると言おうが、現に、一般的には、全く洞察力がないのにも関わらず、直観とやらを洞察力と混同し用いることが多いのだ。

私も決して例外ではないかも知れない。

私はかつて『顔が人格を表す』の中で、『服装や髪型などの身なりは、その人の考え方、性格を表現している。本当に仕事のことを考えているならば、スタイルを優先するよりも、TPOを優先するはずだ。それができないというのは、どこかがおかしい。さらに、顔というのは、身なりよりも、もっと人格を表すと言っても良い。どんなに身なりを整えても、顔に表れる人格は変えようがない。』と書いた。

これは、顔や服装、髪型が一事が万事ということを示すということを述べたのである。

顔じゃないよ心だよと簡単に言うが、実際のところ、心の隅まで一瞬にして理解できるはずもない。心じゃないよ顔だよというのが、本音であろう。

私は、このことを否定しない。人の心など簡単に把握できないのだから、むしろ簡単に把握できる顔やスタイルから、その人となりが見えるというのはあながち間違っていないと思う。

このことを否定しているようでは、洞察力がどうだこうだという資格など微塵もない。まずは、一事が万事という言葉が表すように、相手が一方的であろうが、主観的であろうが、印象の悪い点を元に、その人の人格まで想像されてしまうのは、仕方ないのである。

仕方ないのだから、一事が万事にならないようにするのは当然のことだ。顔やスタイルまでは言い過ぎにしても、行動、言動の一旦で、その人の考え方が表れるのは、自然なことなのだ。

私は、『中身じゃないよ見た目だよ』の中で、『社員数が増え、社員を見渡すと、ひげを伸ばす人が増え、ネクタイをしない社員が普通になっていた。私のスタイルがそのまま社内に伝染したのだ。ある人から「軽い社員が多いね」と言われた。』と書いた。

そして、私はそれ以来、ひげを剃ったのだ。

それから3年が経とうとしている。

1ヶ月ほど前、私はお客さまから「あれはだらしなく見えるね」という言葉を聞いた。私は、残念で仕方なかった。

私は、相手が、洞察力があろうがなかろうが、一事が万事と、感じ取ったことは甘んじて受けとめるべきだと痛感した。

それができなければ、今度は、こちらが相手をどう観えるだのこうのだの言えないのである。

私も決して偉そうなことは言えないのは承知している。しかし、その上で、敢えて、一事が万事、あるいは直観で人間の全てをあたかも知ったかのようなことは間違っていると言いたい。

特に、ウェーバーの言うように、リーダーなら、真の洞察力を持つべきだと思う。

洞察力は、観えないものを観る能力である。

将来を見抜く能力でもある。それは、決して山観ではない。

感じ取る力だ。

部下が何を考え、何を悩み、何を言わんとしているのか、言葉にされない心の様子を察することである。

そんなことが、そう簡単にできるはずもない。できないからこそ、普通には持ち合わせていないからこそ、リーダーにはその能力が求められるのであろう。

リーダーは、他人から一事が万事と観られることを、相手には深い洞察力を持って接することが大切なのであろう。

私は、これからも、他のどの資質よりもこの洞察力を高める努力をしていきたいと思う。

そのためには、できるだけ多くの人と接し、多くの人を知り、洞察力のバックボーンとなる人のデータベースを経験で増やすことが重要だと思う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
堀田 信弘の公式ブログ「活・喝・勝」 http://hottaworld.com を参照してください。

2010年2月24日